大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)346号 判決 1976年10月13日

控訴人

朝倉重三

控訴人

朝倉喜久枝

右両名訴訟代理人

久保寺誠夫

被控訴人

橋本與一郎

右訴訟代理人

小林昭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人らに対し別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)につき京都地方法務局嵯峨出張所昭和三六年一月一七日受付第二九六号をもつて訴外三友株式会社のためにされた同年同月一六日付売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記をするにつき承諾せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。<以下省略>

理由

一本件建物がもと控訴人らの共有に属したこと、昭和三五年一〇月一二日控訴人らと訴外三友株式会社(当時の商号株式会社三友商店)との間で同会社が控訴人らから本件建物を買受ける旨の売買契約が締結され、右建物につき請求の趣旨記載の同会社名義の所有権移転登記が経由されたこと、その後昭和三七年八月二四日京都地方裁判所から被控訴人を債権者、右訴外会社を債務者とする本件建物についての処分禁止の仮処分命令が発せられ、翌二五日登記簿にその旨記載されて右命令の執行を了したことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第三、第五、第八号証、乙第一号証に甲第八号証により成立の認められる同第四号証を総合すると次の事実が認められる。

訴外三友株式会社を申立人、控訴人らを相手方とする右京簡易裁判所昭和四三年(イ)第五二号事件において同年九月三〇日右当事者間に左記条項を骨子とする和解が成立した。すなわち

(一)  右訴外会社と控訴人ら間の本件建物およびその敷地についての昭和三五年一〇月一二日付売買契約が錯誤により無効であることを確認する。

(二)  控訴人らは同会社に対し連帯して右売買代金二、三六五万八、〇〇〇円の支払義務あることを認め、これを次のとおり分割して支払う。

(イ)  内金一、〇〇〇万円は昭和四三年一〇月末日限り

(ロ)  残金は本件被控訴人を原告、右訴外会社を被告とする京都地方裁判所昭和三六年(ワ)第一一一号事件において言渡された被告敗訴の判決が同判決どおり確定したとき(当時同事件の控訴審は大阪高等裁判所昭和四二年(ネ)第二六五号事件として係属中)

(三)  控訴人らが右内金一、〇〇〇万円を支払つたときは、同会社は控訴人らに対し本件建物についてされている前記請求の趣旨記載の同会社名義の所有権移転登記の抹消登記手続をする。

そこで控訴人らは同会社に対し右条項(二)(イ)記載の内金一、〇〇〇万円を約定の期日に支払つた。以上の事実が認められるので、本件建物およびその敷地の右売買契約が右和解条項記載のとおり真実無効であつたか否かは別として後に認定するとおり控訴人らはともかく実体法上同会社に対し前記所有権移転登記の抹消登記請求権を取得するに至つたものといわなければならない。

二そこで進んで右所有権移転登記の抹消登記について前記仮処分債権者である被控訴人が不動産登記法第一四六条一項にいう登記上利害関係を有する第三者に該当するか否か、これが肯定される場合に果して被控訴人に承諾義務があるか否かにつき検討する。

(一)  当裁判所も前者の点についてはこれを積極に解するものであり、その理由は原判決理由説示(原判決四枚目裏末行から五枚目裏八行目まで)と同一(ただし五枚目表一一行目の「これにより」から同裏二行目から三行目にかけ「制限の登記というべく、」までの説示を「これにより右命令に違反してされた処分行為による目的物件に対する第三者の権利取得をもつて仮処分債権者の被保全権利に対抗することをえないものとする効果を生じさせる登記と解されるから、」と訂正する。)であるからここにこれを引用する。

(二) そこで被控訴人に右抹消登記をするについて承諾義務があるか否かを考えるに、右は要するに前記仮処分の執行当時(正確には遅くとも本件建物の所有権が後記認定のとおり訴外三友株式会社から控訴人らに移転した当時)の被控訴人の被保全権利の存否にかかるわけであるが、前掲甲第五号証、乙第一号証によると、まず右訴外会社が昭和三五年一〇月二〇日登記簿上本件建物の敷地の所有名義人となつたもののその所有権は終始被控訴人にあつたことが認められるところ、控訴人らは、控訴人ら共有の本件建物についての控訴人らと右訴外会社間の前記売買契約は要素の錯誤により無効であつたから右処分の執行当時本件建物は仮処分債務者である同会社の所有でなかつた旨主張する。そして前掲甲第八号証に同号証により成立の認められる同第二号証によると、右訴外会社は本件建物の右売買契約と同時に控訴人重三との間で同控訴人からその敷地をも買受ける旨の売買契約を締結したことが認められ、さらに右事実に前掲甲第三号証を総合して考えると、同会社としては右各売買契約の当時本件建物およびその敷地が控訴人らの共有ないし控訴人重三の単独所有に属し、従つて少くとも売買代金を完済すれば直ちに右各不動産の所有権を一括取得できるものと誤信していたであろうとはこれを推測するに難くない。しかしながらおよそ他人のもの(本件においては右敷地)の売買も、要は売主(控訴人重三)において他人(被控訴人)からその所有権を取得することにより買主(右訴外会社)に対しその所有権を移転することができ、結局右売買の目的が達せられるのであるから(民法第五六〇条参照)、単に右一括売買契約の当時本件建物の敷地が控訴人重三の所有に属さず、従つてこの点について同会社に右のような誤信があつたとしてもこのことから右各売買契約に要素の錯誤があつたものということはできず、また他に右各売買が右訴外会社の本件建物およびその敷地所有権の同時取得を停止条件としたような事情も見当らない。かえつて前掲甲第三、第五号証、乙第一号証を総合すると被控訴人から右訴外会社に対し提起された右敷地所有権に基づく本件建物収去、敷地明渡の本案訴訟において同会社敗訴の一審判決があり、これに対し同会社から控訴して争う状況で右敷地所有権に関する紛争が容易に解決しなかつたことから、右訴外会社と控訴人らは前記右京簡易裁判所における和解においてひとまず本件建物についての右売買契約を合意解除したもの(前記和解条項(一)にいう右売買が錯誤により無効であるとするのは、右合意解除による本件建物所有権の同会社から控訴人らへの移転につき前記仮処分執行による制限を免れようとするための合意にすぎない。)と認められる。すると右合意解除により本件建物は現に控訴人らの共有に復したこととなるが、上来認定の事実から明らかなように本件建物についての右処分禁止仮処分の執行当時は債務者である同会社が右建物を所有し、その敷地を権原なく占有していたこととなるので、被控訴人としては既に右仮処分の被保全権利に欠けるところはなかつたものであり、このような場合に右仮処分(この仮処分はいわゆる当事者恒定機能をも果すものである。)の発せられたことに何ら不当な点はない。しかして被控訴人が現に右訴外会社に対する本件建物収去、敷地明渡の本案勝訴の確定判決をえていることは前掲甲第五号証、乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証により明らかであるが、控訴人らの主張するようにこれがため右仮処分の失効するいわれはない。

もつとも右処分禁止仮処分は被控訴人の訴外三友株式会社に対する本件建物収去、敷地明渡請求権を被保全権利とするものであることは前記のとおりであるから、いまもし仮処分債務者である同会社名義の前記所有権移転登記の抹消登記がされても処分禁止仮処分の登記さえ抹消されることがないとすれば、被保全権利が例えば仮処分債務者に対する本件建物の所有権移転登記あるいは抹消登記請求権であるとか抵当権設定登記請求権である場合と異り、被控訴人としては何ら自己の右被保全権利を執行するに支障がないと解せられ、従つて被控訴人は右抹消登記により何らの損害もうけるおそれがないものとして右抹消登記につき承諾義務があるとしても差支えはない筈である。しかしながら成立に争いのない甲第一号証により明らかなとおり右仮処分の記入登記は右訴外会社が登記簿上本件建物の所有名義人であることを前提としてされているのであるから登記官吏としては登記簿中の記載の形式的整合性という要請からして仮処分債務名義の所有権移転登記の抹消登記をする際は同時に職権をもつて右仮処分登記の抹消登記をすることとなり(このことはたとえ右所有権移転登記の抹消登記申請に際し、被保全権利の執行が右所有権移転登記の抹消登記により妨げられるものでないことが明らかとなる判決、決定などが添付されようと同じことであり、また前掲甲第一号証により明かなように右仮処分の記入登記には一般の処分禁止仮処分のそれと同様被保全権利については何らの記載もないが、いまかりに右記入登記に被保全権利が本件建物収去、敷地明渡請求権である旨記載されていたとしても同じことである。)、かくては被控訴人としては右仮処分執行後から前記本案訴訟の事実審口頭弁論終結までの間の本件建物譲受人(前記右京簡易裁判所での和解による本件建物売買契約の合意解除によりその所有権を回復した控訴人らが現にこれに当るが、被控訴人にはかかるものの存否は登記簿だけではこれを確知できない。)の出現により右本案勝訴の確定判決に基づく強制執行が不可能となる危険にさらされるわけである。すると被控訴人が右本案勝訴の確定判決をえているからといつて前記所有権移転登記の抹消登記によりもはや損害をうけるおそれがないということはできず、従つて被控訴人に右抹消登記につき承諾すべき義務の生じることはないといわなければならない。

三以上のとおりであるから被控訴人に右承諾義務のあることを前提とする控訴人らの本訴請求は失当であるからこれを棄却した原判決は相当であり本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(朝田孝 戸根住夫 畑郁夫)

目録<省略>

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